非実在の王国で

山より軽く羽根より重い

久しぶりの繰り言

しばらく日記を書かなかったのは、忘れていたわけでも飽きたわけでもなく、ただひたすら書くことが見つからなかったからだ。
あまりに単調な生活をしていたため…と思ったが、なんだか方々に出かけているのに書くことがない。概ね頭を空にするための外出だからかもしれない。


書き始めたのはいいが、書くことができたわけでもない。
なんだか今日は一日具合が悪く、しかし万年床に横になり続ける気にもなれず、真面目に仕事をし、趣味の漫画を1ページやった。人間の生活をしている気がする。
明日も頑張れればいい。と思うが気候による気がする。
いい天気だといいですね。


もう40も近いので、色々なことを考える。
世間的には40なんてまだバリバリとやってる歳だというのはわかっているが、体質が本格的に変わり始めるのもこの辺りだろうという気がするのでなんとなし恐れる気持ちがある。
私は蒲柳の質であるため、ただでさえ年中具合が悪いのに、これに加えて更年期障害や純粋な体力、思考の衰えがやってくるのかと思うと、果たして生きていけるのだろうかと思ってしまう。(ただでさえ、これまでだって苦労していたのに!)
メンタル的な意味では年を経るにつれ生きやすくなっている手応えがあるが、反比例するようにフィジカル面では生きにくくなっていく。
30から35歳くらいの頃がバランスよかったかな。
あの頃よ今一度。

悲しいかな感性というものも衰えていくので、いつまでも自分の感性というものを信じ続けることもできない。というか出来なくなりつつある。いくらなんでも早すぎると思うが。
こう、日々いろんなものを摂取してアップデートを図っていくべきだと思うが、なにぶんハードが古い上、いかれているので新しいものをインストールできないという事実も日々判明していく。
人生とは斯様にままならないものであるか。

しかしそうなっても絵を描くことはやめない。絵を描くことを愛しているからだ。なんつって。嘘に決まってるじゃん。やらなくていいならやってないよこんなこと。
最近しみじみ思うが、私にとって絵を描くことの意味というのは、例えば若い頃であれば自己表現だったり、社会とつながるツールであったり、単純に金銭を得るための手段だった訳だけど、その全てが潰えた今、なぜまだ描いているのかと言われると、結局自分を慰撫したいからに他ならない。
描く作業は空虚な時間を埋める手段になるし、出来如何によってはかなり長い充足感を得られる。
三大欲求の次にくる欲求かも知らん。
人によってはそれが歌だったり手芸だったり、あるいはタバコやコーヒーであったりするのでしょうね。

最近は人からの評価も昔に比べると欲しくなくなったし、どんどん凪いだ海に近づいていく感触があり、私としてはまた一つ生きやすくなるなと思うけれど、これが表現者であれば死んだも同然なので、表現者じゃなくてよかったなと思う。
老境に至って尚精力的に表現を続けている巨匠と呼ばれる人たちは、何を情熱にすればそうすることが出来るのだろうな。
三大欲求の次どころか、三大欲求の上の純粋欲求として絵や音楽を据えているのかもしれない。
いいっすねえ。ワイにもあればなー。純粋欲求。
あったらあったで死ぬほど辛そうとも思うけど。
あれ、私は凪の海になりたいのに情熱にも憧れているのかしらん。自己矛盾やね。自己矛盾こそ人生や。
簡単に人生を語る奴は信用するな。


漫画は進まないし読みたい本は溜まっていくし、金より欲しいのは気力かもわからん。気力があれば金も稼げるしな。
元気があればなんでもできる。アントニオ猪木はええこと言うな。
せやん。元気こそ宝やで。
最初から取り留めなかったけど分解してきたのでそろそろやめる。
素波銀濤、清く安けく生きていかれたらいいですね。