非実在の王国で

山より軽く羽根より重い

猫がいなくなるのは悲しい

発狂したので日記を消した。
読まれた分は記憶が消せるわけでもないから仕方ないが、これから読まれることについては未然に防げるのでいい考えだと思う。
ちゃんと構成を考えて書いたフィクションだけは残した。なぜなら私が読み返したいから。

CDや本類を、よほど大事にしているもの以外は売り払おうと決意する。
私の部屋は6畳なのだけど、本棚が5個あって、おそらくこの広さの部屋に住む者としては、馬鹿みたいな量の本と暮らしているのだと思う。
本が増えなければ、別に構わないのだけど、日々本は増えていくばかり。
今にも溢れてしまいそうなので、もうそろそろ手を打たねばならない。
私の本棚で、何が一番多いかというとまず漫画本、次いで美術関係の大判本、次いで文庫本という感じか。
整理するために売るのだから、値段を気にするのはナンセンスだという気もするが、こちらも人間、まして貧乏人(中くらいの)、気になってしまうのは人情というもの。
漫画本は新しければそこそこの値で買い取ってもらえるが、美術本はカスみたいな値段、文庫本に至ってはゴミ以下の値段でしか売れないことは分かっている。
そうなってくると、急に売るのが惜しくなる。
いい本なのに、カスみたいな値でしか買い取られないのなら、いっそ持っていた方がいいのでは…。
特に展覧会の図録関係がよろしくない。
あれ、買い取られる時はカスみたいな値段なのに、売られる時は妙に高いのだ。絶版になりやすいからか?なら買う時も色をつけて欲しい。
BOOKOFFみたいに買値もカス、売値もカスであるなら納得できるのだけど、ああも開きがあると売る気が失せる。
売る気が失せると、本棚を占拠し続ける。結局断捨離できない。振り出しへ戻る。

本当に価値通り売値をつけて欲しいと思えば、各専門の古書店なりに当たるのがいいに決まっているのだけど、そんな事はほとんど不可能だ。
今日は美術専門店、明日は文芸専門店。交通費も馬鹿にならないし本末転倒しかねない。
その点では専門店であり宅配買取をしてくれる、ディスクユニオンってすごい。
レコードのマニアの人の感覚はわからないが、CDしか売らない私にとっては、いつも予想以上の値段を付けてくれる。
前回は二箱で六万円だった。何がそんなに高かったのはわからないが、とにかく六万円だった。
お陰でCDの方は整理が捗る捗る。
五万以上の買取額で、さらに一万上乗せしてあげるという訳の分からないキャンペーンをしてることもあるし。
ずっとそのままでいてほしい。

整理をしていると、卒業アルバム現象が起こる。
要は整理している対象に気を取られて、整理が進まなくなる現象のことだ。
そうしたわけで、今内田百閒の「ノラや」を読んでいる。
この本、裏表紙の解説には「あわれにもおかしく、情愛と既知とに満ちた愉快な連作」とあるのだけど、どうしてどうして、涙なしには読めない。
これはいなくなった飼い猫を、あの手この手で探し当てようと思いつくことは全部やり、帰ってこない猫を想って毎日泣き暮らす百鬼園先生の随筆なんだけど、その愛情と喪失に、読んでいるものの胸が締め付けられる。
猫がいなくなるのは悲しい。それが例え明治から昭和を駆け抜けた、ずいぶん昔の作家の猫でもだ。
私の昔飼っていた猫も、具合が悪くなってしまい連日ストーブの前で蹲っていた最中、忽然といなくなった。
ああも具合が悪い中、外に出て行ってしまったのは死に場所を求めてのことに違いないとは思ったのだけど、こちらは遺骸を見ていないので、なにか奇跡が起きて、優しい人の手で病気を治し、飼い猫として暮らしているのではないかと想像して暫く暮らしたものだった。
やっぱり裏表紙の解説間違ってると思うで。

ここ最近、かなり不愉快な目にあったのだけど、それを書くと殺伐するので、好きな人の話をします。
と思ったのだけど、もう文字数も大概なのでそれはまた次に。
あ、恋愛関係の話ではないですよ。
好きな芸能人(みたいなもん)の話です。